03.11
Mon
毎年この日は何曜日であろうとブログを書いていて、10回目になりました。
(震災後atmosphere peaceを始めるのに1年、寄付などの活動を始めるのに更に2年かかったことから)

13年の間に、 届く情報も不安もその内容が少しずつ変化して、一昨年ぐらいから凪の海を眺めるような漠とした気持ちで震災のことを振り返るようになりました。

あの日とても大きな、とても悲しいことが起きたという記憶を持ったまま、なんだか、頭の中というか気持ちの中で見えている景色が穏やかなんです。

そして今年はなぜか、自分の身近な人たちのことを思い出してしまうんです。

亡くなった友達、祖父母、叔母。お世話になった方。
なんで覚えてるのかも謎なぐらいくだらないやり取り、亡くなった時のこと、今の私を見て言いそうなこと。
そして元気かなって思うんです。亡くなっているのに。

なんでも役立てようとしたり名前をつけるのもどうなのかと思うけれど、3月11日は震災のことと一緒に、失うことや失ったこと、他愛ないものがあってなくなったこと、同時にまだあるもの、日常の愛しさ、大事なひとたちがいること。それが永遠ではないこと。そういうことをたっぷり思う、そんな日として過ごしてもいいのかなと思いました。

個人的な悲しみは誰かの悲しみにも繋がっていると思うし、同じじゃなくてもきっと分かり合ったり寄り添い合う力になるような気がして。

今年の始めに起きた能登半島の震災によって今まさに辛い状態におられる方の日常が少しでも早く取り戻されることを願うのと同時に、ガザやウクライナ、紛争の行われている地域でもひとりひとりの死や被害が悲しみを増幅させていることをとても遣る瀬なく思います。
同時に書いてしまったけれど比べることではないし、比べる気ももちろんないです。でも、私の個人的な悲しみを持って、人為的に起こされる悲しみなんて、たまったもんじゃないと思います。

あれから13年。
悲しみや辛さは、他人が外から想像するような簡単な形で終わったり昇華したりするものではないと思います。
ただ毎年あの日とても辛い思いをした方が、何か少しでも少しじゃなくてたくさんでも幸せや安心や希望を得られていますようにと思っています。


検索は、チカラになる。

1検索につき10円の寄付ができます。
今年の寄付金は東日本大震災および能登半島地震の支援のために使われるようです。


令和6年能登半島地震被災者支援



ユニセフ(ガザ人道危機救援募金)
https://www.unicef.or.jp/kinkyu/gaza/


日本赤十字社(ウクライナ人道危機救援金)
https://www.jrc.or.jp/contribute/help/ukraine/


web拍手 by FC2
comment 0
コメント
管理者にだけ表示を許可する