01.27
Wed
こんばんは、水曜日記でございます。

クリームチーズを切らしたのでいぶりがっこカマンベールで手を打つことにしたのですが、これはこれで違った美味しさがあり、じんわりしています。お湯割りです。

みなさまお元気でしょうか。

去年の今頃は個展の準備で脳がストップし、手当り次第にTo doを消化していたような記憶が。
手帳を振り返ってみるとそのことよりも字が小さくて丁寧で驚きました。
変わるんですねー、意外と。
字って気持ちが出るように思います。
字だけじゃないか。でも字も。

きれいな字を書けるようになりたいとずっと思っているような気がします。
一度、10年以上前に矯正したことがあるんです。結構集中してテキストを見つつ一字一字直して。
その時にコピーライターだった方に少し苦い顔をされながら、「字って人相みたいなところがあるから、そのまま手を加えないのがいいと思うけどねー」と言われたことがあって。
でも、やっぱりきれいな大人の文字がいいので直したのですが、私から見る私の字って見事に“きれいな字になりたかった人の字”。
定まっていない感じがして至らなさを感じるんですよね。まだ自分の字じゃないというか。
ただそれもひっくるめて私っぽさはあるような気がします。全然良くないですが。

そしてあらためて“字って人相”は言い得ているなと。

下手で真面目でという印象の文字。心が荒れている時の文字。

うちの母は大きくはっきりとしたきれいな字。陽気な人なのですが、シャープさを隠しているような感じが字の気配にあるように思います。
ふわっと、きりっとしていて、少し優しい、白いシャツをざっくり羽織るような文字を書くのは友達。
すごくクールだと思っていた人が結構明るい雰囲気の字を書いていて、なるほど付き合いが長くなるととてもふざけた人だとわかったり。
上手下手とは別のところで、字にはその時の本人が隠しきれず出るように思います。

そしてそれは商品も同じだと。
最近プレーンなリングを作っていて、この線を選ぶというのが既にデザインだなと思ったんです。
最初の頃って自分のできることに一生懸命で、その姿勢も正しいのですがたくさん作っていくうちにその次の段階というか見えない(≒口で表現しにくい)部分に自分の気配や嗜好が見え始めて、そこを逃さないのがデザインの種でかなり大事だなということに気づいたというか。

その“いい気配”みたいなものを手放さないで追おう、危うく流されそうになるけど気をつけて踏みとどまろう。と。
恐らく、技術的なことの鍛錬もですが自分のデザインを“疑わないけど精査はしていく”というスタンスでいったらいいのではないかと思っています。現段階。
あとそれに加えて気持ちの置所や向き合う姿勢、その物に対して作り手がどう思っているかって文字のようになんとなく物の持つ雰囲気として出てしまうものだろうから、少しでもそれがいい気配であるよう心を込めて、逃げずにいようとふたつのトピックが絡み合ってそういう結論になりました。

とてもあやふやなことを言っている気もしますが、作っていてちょっと視界が変わったという話。
あとシンプルに、より楽しくなってきたところもあって。

できることは少ないけれどもっとその楽しさが増えたらいいなと思います。やるほどですね。やればやるほど少しずつ。
きつい時期もあったし、これからもあるだろうけどちょっと踊り場に出たような一息。

頑張ろう。



2月から怒涛の日々らしい(他人事な笑)ので、エンジンかけなきゃなーなど思っています。
まずは大幅な整理整頓と模様替えをせねば。

えーん、面倒。笑



ではではまた来週の水曜日に。
どうぞご安全に。身も、心も。





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