03.11
Mon
ちょうど8年前のあの時間、私は札幌のコスメショップにいて、お客さんに頼まれて石鹸を切り、秤に乗せたところでした。
電子秤の数値があがったりさがったりする様子を見て、(ん?)と思って顔を上げ、店内の照明がぐわんぐわん揺れているのを確認すると同時に身体に揺れを感じ、この状況が地震によるものだということを認識しました。

その時は「怖かったですね!」などと多分言い合って、すっと日常に戻っていき、そのあと遅めのお昼休憩を取りに行くとちょっと空気が違っていて、テレビではさっきの地震がただごとではないことを伝えていて、東北に知り合いがいるらしき人たちは顔面蒼白で一向につながらない電話を何度もかけているようでした。


それから時間を、日を、追うごとにそれが本当の本当にただごとではないということを知らされ、ひたすら流れ続けるACのCMの中で何も変わらない景色の中で、ずっと静かに自分になにかを問い続けるような日々を送っていたように思います。


多分、これが私の東日本大震災の時の記憶の全貌です。


少し前に、あ。もう少しで3月11日がくる。ブログを書かなきゃ。と思って、
それと同時に一瞬(あー、でももう毎年書いてきて同じことしか書くことがないな、どうしようかな)と思ったんです。
で、その直後に(は?)と思って。

なんというか、同じことを言っていいじゃないと思います。
繰り返し、何度でも、毎年、毎年、毎年、ずっと。

新しいこと、変化、キャッチーなことは確かに魅力があるし読みやすいけれど、ここにまでその価値観を持ってくるのやめようよと、自分に。

きっと、来年も同じ話をしたいと思います。
それはあの日以降、なんやかんや生きてきたチェックポイントなんだと思います。
誕生日やお正月とはまた別の。


そう、atmosphere peaceは震災の翌年から始めたのですが、その頃は定形外郵便で切手を貼って発送していて。
せっかくだからと記念切手を使っていてその一環で“日本全国47都道府県の花”という47枚組の切手シートを、その都道府県で初めてのお客様に貼るということをこっそりしていました。
シートの切手が全部なくなったら全国制覇だとわかるという笑

福島からのご注文が初めて来たのは2年ほど経ってからで、すごく嬉しかったのを覚えています。
今や、福岡か福島か福井かというような感じで、あの頃ほどには気にしなくなったのが嬉しいです。(あ、でもやっぱりそうとわかるとちょっと嬉しいです)

人でもそうだと思うのですが、助ける助けられる関係性って自分がどっちに立っていても気を遣う面ってないですか。
それが8年たって並列になっている気がします。
たとえば、病気していた人の弱ってる頃も知っていて、元気になってきて今は普通にしているけどそうでない面もあるのを知っているから配慮はする。でも普段は雑に扱っちゃう、なにも考えてない笑。みたいなのに似ているような。
雑のくだりは余計ですが、気を遣わない楽な感じということで。
まだまだなところも全然あろうし、傷は深いだろうけれど、良い距離でお互いにやさしく。敢えて軽く。

思うこと、受け取り方、行動の正解ってわからないけど、そういうことがあったということを忘れないでいるのは大事だと思うので、今年も去年と同じように。そして来年も今年と同じように。
ちょっと立ち止まって、振り返って、過去や今の自分の等身大の無力をやわらかく見つめて。

と、今年の私はそう思います。



そしてこちらも、

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どうぞよろしくお願いいたします。


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