10.21
Wed
こんばんは、水曜日記でございます。

集荷のヤマトさんと、これはもう冬ですね認定をしました。寒いです。

新作ピアスなどは来週ご紹介できそうです。
そして今週は、ご注文と共にちょっとしたお直しや、リフォームのようなこともしているのですがおもしろいです。

リングの変形直しと、大手ブランドアクセサリーのクリーニングをしているのですが、先人の技術や経年変化の様子、石の留め方、各部位の厚みや処理法などとても勉強になります。
正直、アクセサリーを作っていてもなかなか本気のジュエリーに実際に触れられる機会って少ないので嬉しくて。
なんなんでしょうね、クリーニングしている間ずっと触っていて、(なるほど。)という手応えが。
活かせたら素敵だし、活かしたいと思います。

そしてリフォーム。
石をお預かりして、本当にゆっくり作らせていただいていて。
私これまでのビーズアイテムって、一気に作る感じだったんです。気持ちのいい琴線を見つけてパッパッと拾っていくみたいな。スピード感というか。
新作1シリーズの草案(ざっくりした配置)って早いと15分ぐらいで作ってたんじゃないかな。

その名残があるからか、彫金アイテム、こと石を留めるような慎重さを必要とするようなものにさえそのスピード感を適用させたいような気でいて、結果スピード感ではなく焦りになって全然うまくいかんし、かっこ悪いし、最悪仕上げる気力を失くすし。という。
(向いてないのかなー、、)とか思ったり、(地道にやろう。最初の頃みたいに。)と思い直したりしつついて。
そんな折のお預かりした石というわけで

必然的に慎重に造形せざるを得ない+石留めの兼ね合いで正確かつ調整の余地を持たせなくてはならない+シンプルデザインがご希望

ということでそれはそれはゆっくり焦らず丁寧に、そして我を入れずに進めていて。
なるべく心地の良いフォルムで、、重くなく、、などやっていたら結局ビーズアイテムの頃と同じ、気持ちのいい琴線を今度はゆっくり拾っていってるということに気づいて。あぁ、これはそういうことなのかもなという感じを得ました。

昔、幼なじみに言われたことをまた繰り返しています。
きっと、ものを作ったり何かを表現する人って致し方なくその人ひとりひとりの癖や嗜好が出てしまうし、むしろ出して良くて、それがデザインなんじゃないかなと。
「あーー」ってただ声を出してみて、それだけでその声ってその人しか出せないみたいなことに近いような気がしています。ずっと。

いや、ずっとではなくて、いい状態の時。かもですね。
状況をコントロールしたくなるような時ってこういうことを忘れるし、その良さや価値を信用できなくなる。笑

なので今はいい状態。
ありがたいことです。


そんな今週は近況報告でした。
がんばろう。


ではまた来週の水曜日に。




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10.14
Wed
こんばんは、水曜日記でございます。

晴れてピアスの着用写真の撮影が終わり、これからいくつかご紹介できそうです。
あと、着用写真のなかったものも一緒に撮ってもらったのでよりわかりやすくなるかと思います♪
日程が決まったらまたこのブログかInstagramなどでお知らせいたします。

そして、先日ホームページを少しリニューアルしました。

atmosphere peace HP

一度システム上の都合で使えなくなっていたInstagramとの連携が、またできるようになったのでWhat's newとしての復活と、トップページを雪景色から商品スライドに。そのほかにもちょこちょこと。

これからまた2、3変えることなどあるのでそれもまた完成したらお知らせいたします。

すっきりして嬉しい。ちょっと遅れたけど9月始業式みたいな気分です。



さて、晴れたと思ったら曇り空、水曜日。

今日も何かお話を。

「屋根」


 その昔、私は北海道の高校生だったので、修学旅行は関西地方でした。
行きは飛行機だったのかな。もういろいろ覚えていないのですが、帰りのことは覚えていて。夜行列車で。
移動はだいたい寝るよね、それもしっかりと。というような私でしたが夜明けは見たかったのか、起きていて。
どんどん明るくなっていって、朝日が大きな川に映って虹色に見えたのも、かなり焦らしたのちにキラッと登場したご来光のことも覚えているのですが、そういうきらきらした朝が一段落ついて普通の朝の感じになった窓の外を眺めていると、一緒にいた友達がぼそっと「私、瓦屋根って好きなんだよね」と。「だからトタン屋根が嫌い。トタン屋根の街に帰りたくない」と。

それは憎々しそうにそう言ったのを聞いて、なんかいいなぁと思ったんです。
私は、瓦は確かに趣があるけどトタンも別にいいんじゃない?ぐらいのスタンス、というか屋根について何も考えていなかったので、そう言った友達のこだわりやくっきりとした美意識に彼女らしさとそのズレのなさを感じて、いっそ気持ちがいいと思ったのだと思います。

ズレがない、乖離がないって今でも大事だし、好ましいことのひとつだと思います。
普通にしていればそうなるようにも思うのですが、結構簡単に見失ったり。まぁ、それが徐々に変わっていくことの良さもあるのですが。

電車から瓦屋根ばかりの景色を見ていると、その時のことを時々思い出します。
今の私は、トタン屋根が愛しいかな。いろいろ言っておいて結局のないものねだりかもですが。
なんかかわいいんです。





ではまた来週の水曜日に。

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10.08
Thu
こんばんは、水曜日記でございます。

藤井風ばかり聴いている今日この頃。

なんだかエッセイが楽しくて。

 
「お店のこと」

 ちょっと大忙しだった日々のさなかに(これが終わったら晴れた午後に、なんらかの温かい美味しいものを飲みながら読むんだ)と買って置いていた本があるのですが、大きなトピックが一段落ついた後でもなかなかその時間が取れずにいて、ふとお風呂上がりに髪を乾かしながら、ぱらりと少し読んでみたら序盤で胸が詰まって読むのを中断しました。
 
 これは、こんな風に、片手間に読むのにふさわしいものではないと。
 
 それは今月号の暮しの手帖で、私の大好きな、そして私が初めての個展をやったシーモアグラスのおりえさんが書いたもので、お店を始める本当に最初の最初のことが書かれていました。

 胸が詰まって中断しているのでその先の展開はまだわからないのですが、本を閉じた後に遍(あまね)くお店のことを思いました。

 普通にいつもそこにあって、たとえばお金を払ってなんらかのサービスを受ける。というのがいわゆる“お店”なのであまりにも現実や生活に溶け込んでいるがために忘れてしまいがちなのですが、お店って店主が最初に夢や理想を描いて、その後にくる膨大な手続きと、具体的な行動によって具現化したものの集積なんですよね。実は。

 コロナでたくさんお店が潰れたし先日行った合羽橋の道具街では、ほとんどのお店が対策しながら開店しているなか、私の好きな食器屋さんが休業延長の張り紙を出していて、それを遠目に見た時も、ひやっとしました。
 ニュースなどで何軒がとか、あそこがとか喪失について見聞きした時にちょっともう麻痺している自分がいて、淡々と心のなかで(わぁ、、)とか、(これは大変だな、、)とかうっすらと流れるように思って流して忘れるようになっていて。
 それもまた傷つきすぎないための防衛本能だと思うのですが、やっぱり麻痺ですよね。無意識でありつつ故意の麻痺なので麻酔かもですね。
 それがおりえさんの文を読んでちょっとほどけたんです。

 今と過去が地続きなせいで、思っていることとか全然変わっていないつもりが結構変わっていたりもして。
 
 例えるなら、浮き輪で仰向けに浮かんでいてふと岸を見たらすごく変な位置に流されていたような感覚。
そんなふうにいろんなお店を愛しく大事だと思ってるっていう土台はありながらも、ふわっと思いのほか離れていたことに気づいたことと、コロナに翻弄されていろいろ衝撃で心がダメージを受けていたようだけどもう大丈夫で、ちゃんと見て思うことができるところまで来たんだとその文を読んで、思って、わかったという。

 あらためて強く思います、知っている人の、そして知らない人の、あらゆるその宝物が守られますように。
その宝物によって沢山の人が幸せになりますように。

 5年後、10年後今年のことを私はどう振り返るんでしょうね。
なんとなく今の想像だと、“とても強くなった1年”などと言うような気がします。



台風が向かっていて雨の夜。
まだ起きている方は、こんばんはおやすみなさい。
朝に見た方はおはようございます。

気温も下がるみたいなのであたたかくして過ごしましょう。
何事もなく通り過ぎた、台風一過の秋晴れを楽しみに。

ではまた来週の水曜日に。



暮しの手帖5世紀8号←は、こちらから
色んな人に読ませたいです。

すごくかわいらしくて、キュートな文章でありながら“絶対に嘘は書かない。”と決めているような、おりえさんらしい感じがする気がして、私今すごく主観で話してますが、なんせいいんです。
もうすぐ次の号が出てしまうので、どうぞお早めに。


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09.30
Wed
こんばんは、水曜日記でございます。

2度目のインドカレー屋さんで、ラッサムをおまけしてもらったうえ食べ順と食べ方がきれいだとお店の人に褒めちぎられた、おりこうなアラフォー菅原です。

そう代わり映えのない毎日なので、この水曜日記で近況について書きつつトピックについて話したりしようかなと思ったり。

というわけで、早速今夜のテーマは

「たまご」

 私が1番最初に作れるようになった料理はレタスのサラダなのですが、それとセットで必ず思い出すのが父の作ったスクランブルエッグなんです。

記憶があやふやなのですが、多分日曜日で、朝で、こげ茶色の木製の古い台所で。

多分私は3歳ぐらいで、すごく見張られながら怖々包丁を使った記憶がうっすらと。

そんな朝食に、父の作ったスクランブルエッグとトースト。ハムもあったかも。
すごくおいしくて。

でもそのスクランブルエッグ、全然再現できないんです。

未だにおいしかったと言うだけあって、味や固さの雰囲気をかなり鮮明に思い出せるのに糸口がわからない。
焼けているけど、とろりとしていて、半熟さに過剰のない質感。
乳脂肪的な部分のバランスが五分五分で軽さと重さ、噛み砕いて言うと塩気や旨味とコクや油分のバランスが均等な印象。
たとえばその乳脂肪は、生クリームでもないし、牛乳とも言い切れない、バターは使っているだろうけどそれだけに拠るものでもない感じ。また塩加減もとても絶妙で、ピンポイントな厳密さがあるというか。そんな素晴らしいスクランブルエッグなのですが、肝心の父に聞いてもあやふやという。迷宮入りなんです。

相変わらずオムレツをよく作っているのですが、そのフォルムに一喜一憂しながら、一口目を食べるたびにほんの少し失望しているような気分もあって、理想や完璧はある種の呪いのようだなと。でも素敵な呪いだなと。

このまま永遠にそれを口にすることができず、知る人も誰もいなくなって尚、美しいオムレツを食べながら人知れず小さく失望しているようなお婆さんになるのもそれはそれでいいかなと、ちょっと思っています。



こんな、小さい思い出とか、記憶とかを掘り返していこうと思っています。
隔週かなーとか思いながら。(案外毎週だったりして)

ではまた来週の水曜に。



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09.23
Wed
こんばんは、水曜日記でございます。

もう、明らかに秋で腹をくくり葡萄や梨などおいしく食べています。元気です。

そういえば、去年は夏に実家に帰省したのですがあれから丸一年以上が。
きっと今私が感じている秋よりもずっと寒いんだろうな。今の札幌。

夜明けとかは頬が冷気でちりちりするかもしれない。

寒いの大嫌いなのに、思い出すのはどれもなんかいいんですよね。
似たようなことを多分毎年言っていて、でもちょっとずつ変わってきているような気がします。
離れている時間が増えるほど、やっぱりいいイメージが増えているような。それはいいことなのかそうでないのかはわかりませんが。

いつになるかはまだわからないけれど、帰るのが楽しみです。
家族もですが、この世でもっとも好きな生き物であるところの愛犬に会いたい。会いたい。会いたい。ずっと言い続けてしまいそう。

動物を飼ったことのある方には伝わるかもですが、私は彼女のことをもはや尊敬していて、すごく好きで、離れて暮らす人生なんて別にいらなかったし、夢は彼女とまた一緒に暮らすことなのですが、人生なかなか不思議なものというかうまくできているというか、最近 “私はここに来ないといけなかったらしい。” ということばかり起きて、ぼんやり納得しています。
まだ納得には早いかもですが、近いうちに(いや半年ぐらいかかっちゃうかもですが)色々お見せできたらいいな。

それにしても不思議な一年。あとからどう振り返るんでしょうね。
でもきっとターニングポイントだろうな。
そして来年はatmosphere peace10年目に入ります。

始めたばかりの頃、誰も10年続くなんて思ってなかっただろうな。
私も、続くとは思っていなかったけれど、続かないとも思っていなかったような。どっち?というようなおかしな話ですが、適切な時に終わるだろうとしか思ってない状態が続いている感じです。今も。

そんなでずっといられるなんて、つくづく幸せだなと思います。





秋らしいですね、こういう振り返ったり。
ではではおやすみなさい。



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